犬の糖尿病とは|高血糖と尿糖が持続する病気
犬の糖尿病とは、「インスリン」の不足や欠乏によって、食事中の栄養(ブドウ糖)を細胞内に取り込めず高血糖になってしまうことで、様々な症状を引き起こす病気です。
本来、腎臓で再吸収されるはずだった血液中のブドウ糖が尿中に排泄されるため、「糖尿病」と呼びます。
また、犬の糖尿病は人の1型糖尿病に類似すると言われており、肥満や生活習慣が原因となる2型糖尿病とは異なります。
インスリンとは?
- 膵臓(膵島:β細胞 膵臓に島のように点在する細胞のこと。膵島にはα細胞とβ細胞があり、α細胞は血糖値を上昇させ、β細胞は血糖値を低下させる働きがある。 )から分泌されるホルモンのこと
- 食事をすると分泌され、上がりすぎた血糖値を下げる作用がある
- 食事中の栄養(ブドウ糖)を、細胞内に取り込むために必要
インスリンが不足すると、血糖値が高くなる(高血糖)だけでなく、生きるために必要なエネルギーも吸収できないため、どんどんと体が消耗していってしまいます。
さらに病気が進行して、糖尿病性ケトアシドーシスなど命に関わる重篤な合併症を引き起こすリスクがあるので、次章で紹介するような症状が見られる場合はすぐに動物病院を受診するようにしてください。
犬の糖尿病の主な症状|多飲多尿や体重減少
犬の糖尿病の主な症状を
に分けて解説します。糖尿病の進行具合は犬によって異なり、急激に悪化して末期の症状が出る場合もあるため、自己判断で様子見せず動物病院を受診するようにしてください。
犬の糖尿病の初期症状
犬の糖尿病の初期症状は、以下のものが挙げられます。
- 多飲多尿(水をたくさん飲んで、たくさんおしっこをする)
- 体重減少(体重が減っている)
- 多食(たくさん食べる)
多飲の目安は?
体重1㎏あたり90~100ml以上の水を飲んでいる時は多飲と言えます。
例えば体重5㎏の犬が一日450~500ml以上飲水しているとき。
糖尿病の初期は食欲が旺盛で元気に感じることが多いので、気になる症状がある方は、多飲多尿がないかをまずチェックしておくことが大切です。
多飲かどうかは、愛犬が飲む水の量を計量カップや計量器で実際に計ってみることをおすすめします。
犬の糖尿病の中期症状
犬の糖尿病の中期の症状は、以下のものが挙げられます。
- 体重減少が顕著になる(明らかに痩せてきている)
- 白内障や皮膚炎などの合併症がみられる場合もある
体重減少の目安は?
適切な食事量を与えていて、ダイエットもしていないのに体重が10%以上低下する場合は、病的な体重減少と言えます。
たとえば5㎏の体重の犬で、500g以上体重が減っているときは危険です。
糖尿病になると、食事から栄養(ブドウ糖)を取り込めず、自分自身の筋肉や脂肪を分解してエネルギーにするため、どんどん痩せていってしまいます。
食べているのに体重が落ちてきた場合は、糖尿病を含む病気の可能性が高いので獣医師に相談してください。
また、白内障などの合併症が現れる場合もあるため、愛犬の様子をよく観察して気になる症状があれば早急に動物病院を受診しましょう。
合併症については「犬の糖尿病の合併症|白内障やケトアシドーシス」で詳しく解説しています。
犬の糖尿病の末期症状
犬の糖尿病が進行して末期になると、糖尿病性ケトアシドーシスという病態を併発し、以下のような症状が見られます。
- 元気がない
- 食欲がない
- 嘔吐や下痢をする
- 脱水状態になる
- ぐったりする(昏睡状態)
糖尿病性ケトアシドーシスは急激に症状が現れる場合もあり、治療が遅れると亡くなってしまう非常に危険な状態です。
集中治療が必要になるので愛犬の様子に異変を感じたら、すぐに動物病院を受診するようにしてください。
犬の糖尿病の合併症|白内障やケトアシドーシス
犬の糖尿病の主な合併症は、下記の通りです。
ここでは、それぞれの合併症について詳しく解説していきます。
①白内障
糖尿病になると、数ヶ月以内に50~70%の犬で白内障を発症します。白内障は、本来透明であるはずの水晶体が白く濁り、視力が失われ行く病気です。
犬の糖尿病性白内障は両目そろって起こり、
などの症状が見られます。犬の白内障は進行が早いため、上記のような症状が見られる場合は、すぐに動物病院を受診してください。
ただし、血糖値を良好にコントロールできれば、白内障の進行を緩やかにする効果が期待できます。
また、白内障の手術が適応になる場合もあるので、詳しくは獣医師に確認しましょう。
糖尿病で白内障になる理由
糖尿病になると、血液だけでなく、目の中でもグルコース(ブドウ糖)の濃度が高くなります。
そのブドウ糖が代謝によってソルビトールという成分に変化し、目の水晶体内に蓄積することで浸透圧変化が起り、水晶体の一部(水晶体線維)が変性してしまうため白内障になってしまいます。
②感染症
犬が糖尿病になると、免疫機能が低下するため皮膚炎や膀胱炎などの細菌感染症にかかりやすくなります。
皮膚炎であればフケやかゆみ、脱毛、皮膚の赤みなど、膀胱炎であれば頻尿、血尿、尿の臭いの変化などの症状が見られます。
一度治っても再発しやすいため、定期的に受診をしてチェックをしてもらうことが大切です。
③糖尿病性ケトアシドーシス
糖尿病性ケトアシドーシスとは、インスリンの欠乏によって体がブドウ糖の代わりとして脂肪を使うことで生じるケトン体が蓄積し、体を酸性(アシドーシス)に傾ける病態です。
下痢や嘔吐が続く、食欲がなくなる、脱水状態になる、ぐったりする、昏睡状態になるといった症状が現れます。
糖尿病の合併症の中で最も恐ろしいと言っても過言ではなく、体液バランスを調整するための早急な治療が必要です。
犬が糖尿病になる原因|遺伝やホルモンの影響
犬の糖尿病の主な原因は、遺伝的な要因や、未避妊メスにおける性ホルモンの影響(黄体期糖尿病)、クッシング症候群などのホルモン疾患、長期のステロイド投与、自己免疫性、膵炎などがあげられます。
犬の場合は肥満が主な原因で糖尿病になるわけではないので、肥満の犬が糖尿病になった場合は、併発疾患や遺伝的な要因を考慮する必要があります。
糖尿病にかかりやすい犬の特徴|小型犬に多い
どの犬種でも糖尿病になる可能性はありますが、好発品種としてトイ・プードル、ミニチュア・シュナウザー、マルチーズ、ヨークシャーテリア、オーストラリアンテリア、ビションフリーゼ、スピッツなどが挙げられます。
また、オスよりもメスの方が2倍以上かかりやすく、中年期(7歳〜)以降で発症することが多いです。
犬の糖尿病の診断法|血液・尿検査
犬の糖尿病を診断するためには、血液検査と尿検査が必要です。
ここでは、血液検査と尿検査について詳しく解説します。
血液検査では、持続的な高血糖(200mg/dL以上)が認められると糖尿病の可能性があります。
通常の犬であれば、50〜100mg/dLが正常の範囲となるため、2倍以上の数値です。
一過性の高血糖と区別するために、フルクトサミンや糖化アルブミンなどの長期血糖マーカーでの測定も有用です。
また、糖尿病の場合、高脂血症や低ナトリウム血症、高カリウム血症などが確認されることがあります。
尿検査では、糖尿病の可能性があると、持続的に尿糖が陽性になります。
糖尿病の犬は膀胱炎を発症していることが多く、その場合は炎症反応や細菌が検出されることもあります。
血糖値が正常にも関わらず尿糖が検出される場合は、ファンコーニ症候群などの腎疾患との鑑別が必要です。
上記の検査のほか、併発疾患がないか画像検査なども行われます。
犬の糖尿病の治療法|インスリン注射・栄養管理・適度な運動
犬の糖尿病の治療は、インスリン注射や栄養管理、適度な運動を行うことが重要です。
ここでは、それぞれについて詳しく解説していきます。
インスリン注射
犬の糖尿病は、基本的に生涯にわたるインスリン治療が必要で、飼い主さんが1日2回(もしくは1回)の皮下注射を自宅で行います。
不足したインスリンを注射により補うことで、血糖値のコントロールができるようになります。
血糖コントロール目標は、日中の血糖値を100~250mg/dLの範囲に合わせることです。
ここで、インスリン注射の方法を確認しておきましょう。
インスリン注射の方法
- 注射時に必要なものを準備する
(インスリン、注射器、消毒用綿花)
- 獣医師に指示された量のインスリンを注射器で吸う
- 獣医師に指示された注射部位を消毒する
- 皮膚を持ち上げ注射器の針を刺してインスリンを投与する
※注射のやり方に不安を感じる場合は、かかりつけの動物病院で確認するようにしてください
注射器が皮下にうまく入っているか確認する方法は、注射器を皮膚に刺したら内筒を軽く引いてみることです。空気が入ってくる場合はうまく刺さっていない可能性があるので刺しなおしましょう。
また、インスリンの副作用は低血糖であり、元気がなくなる、ふらつく、震えるなどの症状が見られます。
低血糖の症状が見られた場合、軽度の場合は普段の半分~1/3程度の食事を与え、食べられない場合はガムシロップなどを舐めさせてから受診するようにしてください。
インスリン治療を始めた後の定期健診として、初期は数日~2週間ごと、治療が軌道に乗ったら3~6週間ごとに行います。
栄養管理
犬の糖尿病は、インスリン治療が基本となりますが、食事・栄養管理も大切です。
なるべく肥満になりにくく、食後の血糖上昇が起こりにくい食事を工夫するようにしましょう。
犬の糖尿病用の療法食は食物繊維が強化されており、食後の一過性高血糖を抑制するように設計されているので、犬が食べてくれるようであれば療法食を与えることをおすすめします。
また、インスリン治療を行うことで、年齢に合わせた一般的な総合栄養食を給餌することも可能です。
理想体重に合わせて必要なカロリー量の計算を行い、適正な食事量を把握して毎日同じ量で1日2回給餌を行いましょう。
以下の記事で、給餌量の計算ができますのでぜひ参考にしてみてください。
【獣医師監修】愛犬のダイエットを応援!無理なく痩せる方法や肥満度チェック法も紹介
適度な運動
適度に運動させて筋肉量を維持すると、インスリン感受性が維持されて血糖値が安定しやすくなります。
日々のお散歩や遊びなど、できるだけ毎日同じようにできる運動を行いましょう。
ただし、インスリン治療を行っているときに急激に激しい運動(競技のような激しい運動)をしてしまうと、低血糖になる恐れがあるので注意が必要です。
犬の糖尿病の診断や治療にかかる費用|年間平均20万~
大手ペット保険会社アニコムの調査によると、犬の糖尿病の平均年間治療費は、トイプードルで220,607円、ミニチュアシュナウザーで233,079円、ミニチュアピンシャーで212,578円となっています。(※1)
犬の状態や使用するインスリンの量、検査の間隔などにより費用は異なりますが、毎月1~2万円程度はかかると心得ておきましょう。
犬の糖尿病の予防法|糖尿病のリスクを減らすこと
犬の糖尿病で確実な予防法はありませんが、糖尿病の原因に対しての対策を行うことで病気の発症予防につながる可能性があります。
たとえばメス犬の場合は、避妊手術を行うことで黄体期糖尿病の予防が可能です。
また、ホルモンの持病がある場合やステロイドの投与をしている場合などは、定期的に受診して適切な治療を継続することが大切です。
愛犬が糖尿病のときの食事|糖質・脂質に注意
糖尿病の犬の食事は基本的にはフード(糖尿病療法食または総合栄養食)だけにした方がよいですが、トッピングなどどうしてもあげたい場合は獣医師に相談の上、低糖質・低脂肪・低カロリーなものを少量与えるようにしましょう。
たとえば、ゆでたブロッコリーやキャベツなどの野菜、ささみなどの低脂肪のお肉などが与えやすい食材です。
また、半生フードは糖分やプロピレングリコールなどの血糖値をあげる成分を多く含むため、避けるようにしましょう。
不規則なタイミングでのおやつやご褒美は、血糖値を大きく変化させ、治療の妨げになるので推奨されません。
犬の糖尿病についてよくあるQ&A|糖尿病は治る?寿命は?
ここからは、犬の糖尿病についてよくある質問にお答えしていきます。
犬の糖尿病は治りますか?
犬の糖尿病は完治が難しい病気です。(未避妊のメス犬で黄体期糖尿病の場合、早期に避妊手術をすることでインスリンから離脱できる場合もあります。)
しかし、動物病院を受診し適切な治療を続ければ、元気な時のように良好な状態で生活できるようになります。
私が担当した糖尿病のワンちゃんも、インスリン治療を続けていて元気に過ごしています。飼い主さんも初めは愛犬に注射することに不安を感じていましたが、何度も行ううちに自信がついてきたとおっしゃっていました。
糖尿病の犬の寿命は?長生きできる?
インスリン治療の継続により、うまく血糖値をコントロールできれば長生きすることも期待できます。
ただし、その他の併発疾患の重症度によっては、寿命が短くなる場合もあるので注意が必要です。
犬がフードを食べないときにインスリン注射はどうすればいい?
フードを食べない場合は、インスリン注射をすると低血糖になる恐れがあるので打たないようにしてください。
何回も連続してインスリンを打たないのは危険なので、獣医師に連絡をして適切な指示を受けるようにしましょう。
また、インスリン注射を失敗して打てたかどうかわからないときも、低血糖を防ぐために、もう一度打つのはやめておくようにしてください。
インスリン注射の時間がずれても大丈夫?
インスリン注射は決められた時間に実施することが重要ですが、どうしてもずれてしまう場合はいつもの時間の2時間前後以内で済ませるようにしましょう。
食前にインスリン注射を打っていい?
インスリン注射をしてフードを食べないと低血糖になる恐れがあるので、基本的には食事と同時もしくは食後に注射するようにしましょう。
インスリンを注射しても血糖値が下がらないのはなぜ?
血糖値が下がらない場合は、自宅できちんとインスリン注射ができているか、インスリン抵抗性の病気(クッシング症候群や黄体期糖尿病)がないか、インスリンの種類や量が適切か、フードを適切に与えているか判断する必要があります。
注射のやり方などに不安がある場合は、必ず獣医師に相談して練習するようにしてください。
不規則におやつをあげるなどの行為も、血糖コントロールがうまくいかなくなる原因になるのでやめるようにしましょう。
犬の糖尿病まとめ
犬の糖尿病について解説しました。
糖尿病は糖尿病性ケトアシドーシスなどの恐ろしい合併症もありますが、適切にインスリン治療を行えば寿命を全うすることも期待できる病気です。
病気の初期から見られる多飲多尿(水をたくさん飲んでおしっこの量が多い)は多くの犬で見られるため、ぜひ見逃さないように普段から愛犬の様子をよく観察してみてください。
早期発見・早期治療が大切なので、少しでも愛犬の異変を感じたら動物病院を受診するようにしましょう。
【参考一覧】
※1:アニコム「家庭どうぶつ白書2023」品種別の統計