犬の甲状腺機能低下症とは|甲状腺ホルモンの分泌が低下する病気
犬の甲状腺機能低下症は、喉の左右にある甲状腺組織から分泌される甲状腺ホルモンの低下により起こる病気です。
代謝を活性化する作用をもつ甲状腺ホルモンの分泌低下により、全身の代謝が低下し、さまざまな症状が現れます。
ときに粘液水腫性昏睡(ねんえきすいしゅせいこんすい)と呼ばれる命に関わる重篤な合併症が出る場合もあるため、自己判断で様子見をせず動物病院を受診することが大切です。
では、なぜ甲状腺機能低下症が起こるのでしょうか?次章で、その原因について解説していきます。
犬の甲状腺機能低下症の原因|多くは甲状腺の破壊・萎縮
犬の甲状腺ホルモンの分泌が低下する原因は、ほとんどが甲状腺そのものの異常である原発性甲状腺機能低下症で、リンパ球性甲状腺炎(自己免疫性)や特発性濾胞萎縮(原因不明)などにより甲状腺の破壊・萎縮が生じるためと考えられています。
また、甲状腺は、視床下部や下垂体と呼ばれる種々のホルモン分泌をコントロールする司令塔(器官)と連携し、体内の恒常性を維持しています。
この司令塔(視床下部や下垂体)が腫瘍や外傷などにより異常を起こすと、甲状腺を刺激するホルモンの分泌低下につながり、甲状腺組織が萎縮して続発性甲状腺機能低下症が起こるとされていますが、非常にまれなケースと言えるでしょう。
■犬の甲状腺機能低下症の原因
- 原発性(甲状腺そのものの異常)
…リンパ球性甲状腺炎/特発性濾胞萎縮/非機能性甲状腺腫瘍など
- 続発性(他の病気からおこるもの)
…下垂体や視床下部の異常
※二次性、三次性とも言われる
犬の甲状腺機能低下症には、先天性の場合もありますが、ほとんどは成犬になってから起こる後天性の病気です。
次章では、犬の甲状腺機能低下症の症状について解説します。
犬の甲状腺機能低下症の症状|脱毛や活動性の低下、顔つきの変化
犬の甲状腺機能低下症は、脱毛や皮膚が分厚くなるなどの皮膚症状が最も多く現れ、元気がない・太るなどの全身症状のほか、顔つきの変化、神経症状など主に以下のような症状が見られます。
■犬の甲状腺機能低下症の主な症状
【皮膚症状】
- 体や尾の脱毛
- 皮膚が分厚くなる(肥厚)
- 膿皮症を繰り返す(皮膚の細菌感染症)
- 皮膚のべたつき
- 皮膚の黒ずみ
【全身症状】
- 元気がない
- 太る
- 運動や散歩を嫌がる
- 寝てばかりいる
- 便秘
- 低体温
【神経症状】
- 顔に麻痺が出る(顔面神経麻痺)
- 頭が傾く(捻転斜頸)
- うまく動けない
- ふらついて歩く
また、甲状腺機能低下症では、粘液水腫性昏睡と呼ばれる合併症を引き起こす場合があります。
粘液水腫性昏睡とは、低体温や虚脱(ぐったりする)、昏睡(意識がなくなり刺激しても目を覚まさない状態)など命に関わる重篤な状態をいい、早急な受診・治療が必要です。
次章から、犬の甲状腺機能低下症の診断に必要な検査について解説していきます。
犬の甲状腺機能低下症の検査|甲状腺ホルモンの欠乏を確認
犬の甲状腺機能低下症の診断には、症状が明らかに見られる場合にホルモン測定を行います。
甲状腺ホルモン値は、甲状腺機能低下症以外の原因でも低下することがあるため、あくまで症状の裏付け程度に考える必要があるからです。
症状が明らかでない場合には、定期的に健診を受け、ホルモン測定をするべきか獣医師とよく相談するようにしましょう。
後ほど、甲状腺ホルモン値に影響する病気や薬剤(ユウサイロイドシック症候群)について解説するので、ぜひ参考にしてみてください。
また、甲状腺機能低下症の診断精度を高めるために、エコー検査やCT検査などの画像検査を行う場合もあります。
ここでは、血液検査・ホルモン測定、画像検査について詳しく解説します。
血液検査で甲状腺ホルモンの数値を測定
血液検査では、血球計算や血液化学検査などの一般的なチェックとともに、甲状腺ホルモン(T4・fT4)や甲状腺刺激ホルモン(TSH)が測定されます。
症状に加えて、甲状腺ホルモンの低値、甲状腺刺激ホルモンの高値が見られる場合は、甲状腺機能低下症の疑いが高くなると言えるでしょう。
また、一般的な血液検査では、軽度の貧血や高脂血症(高コレステロール血症、高トリグリセリド血症)が見られる場合もあるので、ホルモン測定だけでなく総合的なチェックが必要です。
次に、甲状腺ホルモンを測定するときに注意が必要な、ユウサイロイドシック症候群について解説します。
ユウサイロイドシック症候群に注意
ユウサイロイドシック症候群とは、甲状腺以外の病気や薬剤によって、血中甲状腺ホルモン値が低下することをいいます。
つまり、甲状腺の機能に問題がなくても、見かけ上甲状腺ホルモン値が低くなることがあるのです。
たとえば、クッシング症候群、糖尿病、悪性腫瘍などの病気にかかっていたり、ステロイド、フェノバルビタール、非ステロイド性抗炎症薬などを服用していたりする場合が挙げられます。
そのほか、加齢や飢餓など生理的な原因でも甲状腺ホルモン値が低めに出ることがあります。
■ユウサイロイドシック症候群
- 甲状腺ホルモンに影響する病気・原因
…クッシング症候群/糖尿病/悪性腫瘍/心不全/腎不全/加齢/飢餓など
- 甲状腺ホルモンに影響する薬剤
…フェノバルビタール/ステロイド/非ステロイド性抗炎症薬など
病気や薬剤によって甲状腺ホルモンの産生や作用が低下するのは、生体の防御反応で、消耗を防いで体を守ろうとする反応です。
ただし、ユウサイロイドシック症候群では、血中甲状腺ホルモン値が下がっても、必要最低限のホルモンは確保されているため、甲状腺機能低下症の症状は現れないと言われています。
つまり、基本的にホルモン測定は、皮膚や全身症状、顔つきの変化などの症状が出ていて、甲状腺機能低下症が強く疑われるときに実施することが大切と言えるでしょう。
また、甲状腺ホルモンの値が低いときは、真の甲状腺機能低下症なのか、他の病気がないかどうか確認することも重要です。
続いて、甲状腺の画像検査について解説します。
甲状腺の画像検査は主にエコー・CT検査
甲状腺の画像検査には、エコー検査やCT検査などがあり、最も特異性の高い検査と言われています。
甲状腺機能低下症の犬では、甲状腺が萎縮するため、画像検査で確認できれば診断精度が高いと言えるでしょう。
しかし、エコー検査では萎縮した甲状腺を見つけにくい難点があること、CT検査では萎縮した甲状腺を見つけやすいものの麻酔が必要になることがデメリットとなるため、検査をするべきか獣医師と相談するようにしてください。
なお、全ての動物病院にCT検査の設備があるわけではないので、必要に応じて二次診療施設へ紹介される場合があります。
犬の甲状腺機能低下症の治療|内服でホルモン補充
甲状腺機能低下症の治療は、不足している甲状腺ホルモンを補うために、甲状腺ホルモン製剤の内服を行います。
犬の場合は、ほとんどが原発性甲状腺機能低下症のため、生涯にわたって内服治療の継続が必要です。
甲状腺腫瘍が原因で甲状腺を切除した場合には、原発性甲状腺機能低下症と同じように甲状腺ホルモン製剤の内服が必要になります。
また、甲状腺ホルモン製剤の投与量は少なすぎれば効果は見られず、多すぎれば甲状腺中毒になってしまうため、犬の症状のチェックが大切です。
では、投与量が過剰のときに見られる甲状腺中毒はどのような症状がみられるのでしょうか。次に解説していきます。
甲状腺中毒の症状
甲状腺ホルモン製剤の投与量が過剰(甲状腺中毒)になると、興奮する、たくさん水を飲む、たくさん食べる、嘔吐や下痢をするなどの以下のような症状が現れる場合があります。
■甲状腺中毒の主な症状
- 興奮する
- たくさん水を飲む
- たくさん食べる
- 嘔吐や下痢をする
- パンティングする
- 神経過敏
- 興奮する
- 攻撃的になる
- 尿量が多い
- 体重が減少する
- かゆみが出る
これらの症状が見られたら、投与量の見直しが必要なので、様子見をせず獣医師に相談するようにしてください。
続いて、治療開始後のモニタリングについて解説します。
治療開始後のモニタリング
甲状腺ホルモン製剤の投薬を開始したら、症状と甲状腺ホルモン値をチェックします。
犬の甲状腺機能低下症はホルモンの不足から起こるので、内服によりホルモンを補充すれば症状の改善が見られるはずです。
治療を開始してから症状改善までの期間の目安は、活動性や元気は1~2週間、神経症状や顔つきは2~4週間、皮膚症状は1~4ヶ月ほどかかります。
■治療開始後に症状が改善するまでの目安
- 活動性や元気の改善
…1~2週間ほど
- 神経症状、顔つきの改善
…2~4週間ほど
- 皮膚症状の改善
…1~4ヵ月ほど
また、投薬開始後約2~4週間で一度ホルモン測定を行い、投与量が適切か判断します。
症状が改善した後は、数ヵ月ごとに定期検査を行い状態を確認するため、獣医師の指示に従うようにしてください。
ただし、適切な投与量で治療をしても症状が改善しない場合は、真の甲状腺機能低下症なのかもう一度確認する必要があるでしょう。
犬の甲状腺機能低下症の予防|日頃から愛犬をよく観察する
犬の甲状腺機能低下症を予防することは難しいですが、早期発見・早期治療ができるように定期的に健康診断を受けるようにしましょう。
また、日頃から愛犬の様子をよく観察して、散歩を嫌がるようになった、食事量が多くないのに太ってきた、脱毛している部分ができたなどの変化を見逃さないようにすることが大切です。
すでに甲状腺機能低下症の治療をしている場合は、内服を忘れずに投薬し、症状が改善しても自己判断で休薬しないようにしてください。
また低体温になる傾向があるので、寒いときは部屋の温度管理に気を付けたり、服を着せたりするなどの工夫をしてあげましょう。
日頃の食事のケアも必要になるので、Q&A「犬の甲状腺機能低下症で食べていけないものはある?」も合わせてみてください。
犬の甲状腺機能低下症の検査費用や治療費|定期的な受診代・内服代がかかる
犬の甲状腺機能低下症の血液検査費用は、動物病院によって異なりますが、一般的な目安として初回には15,000円~20,000円ほどかかり、定期検査の場合では8,000円~15,000円程度です。
また、内服治療の費用は、犬の大きさにもよりますが月に5,000円~15,000円ほどかかるのが一般的です。(※1)
大手ペット保険会社アニコムの調査によると、犬の甲状腺機能低下症の平均年間治療費は、シェルティで117,115円、ゴールデンレトリーバーで114,119円、アメリカンコッカースパニエルで101,733円、ビーグルで100,859円、柴犬で93,819円、ポメラニアンで84,930円、トイプードルで83,183円となっています。(※2)
甲状腺機能低下症にかかりやすい犬種や年齢|どの犬種もどの年齢も注意
甲状腺機能低下症はどの犬種でもなる可能性がありますが、ゴールデンレトリーバーやドーベルマンピンシャー、ラブラドールレトリーバー、コッカースパニエル、ミニチュアシュナウザー、ビーグル、シェットランドシープドッグなどが好発犬種として知られています。
また、どの年齢でもかかるリスクがありますが、特に中高齢の犬に多いので、日頃から愛犬をよく観察し、年を取ったように感じた時こそ注意が必要です。
犬の甲状腺機能低下症に関するQ&A
ここからは、犬の甲状腺機能低下症についてよくある質問にお答えしていきます。
犬の甲状腺機能低下症は治るの?治療しないとどうなる?
犬の甲状腺機能低下症は、治る病気ではなく甲状腺の機能自体を回復させることは難しいですが、内服によりホルモンを補充することで症状の改善が見られます。
また、治療をせず放置してしまうと、全身の代謝が落ち、意識障害を伴う粘液水腫性昏睡と呼ばれる重篤な合併症を引き起こし、命に危険が及ぶ可能性があるため、必ず動物病院で治療を受けるようにしてください。
犬の甲状腺機能低下症の末期は?予後は悪いの?
甲状腺機能低下症を放置した場合の末期症状は、全身の代謝機能が落ちて老化が進む、低体温になる、眠りがちになる、脳の働きが低下する、意識障害を起こすなど粘液水腫性昏睡と呼ばれる重篤な状態になる可能性があり、ときには亡くなる場合もあります。
適切に治療を受ければ良好な予後が期待できる病気なので、放置せずに治療を継続することが大切です。
犬の甲状腺機能低下症の治療効果はどれくらいで現れるの?いつまで薬が必要?
犬の甲状腺機能低下症の治療によって改善が見られるまでの期間の目安として、1~2週間程度で元気が出て活動的になり、2~4週間で顔つきや神経症状が改善し、1~4ヵ月ほどで脱毛などの皮膚症状もよくなっていくことが多いです。
しかし、一度症状がよくなっても病気自体が治ったわけではないため、甲状腺ホルモン製剤の内服をやめると2~3週間後には症状が再発します。
基本的には生涯にわたって治療が必要なので、自己判断で休薬せず獣医師の指示に従いながら治療を継続するようにしてください。
甲状腺機能低下症の犬の寿命は短い?長生きできる可能性は?
甲状腺機能低下症の犬の寿命は原因にもよりますが、犬に多い原発性甲状腺機能低下症であれば、甲状腺ホルモン製剤の投与を適切に続けることで、健康な犬とほぼ同等の寿命を全うできると考えられます。
犬の甲状腺機能低下症で食べていけないものはある?キャベツやヨーグルトは大丈夫?
犬の甲状腺機能低下症では、食べてはいけない特定のものはありませんが、注意すべき食べ物があります。
たとえば、豆腐や豆乳などの大豆製品、キャベツやブロッコリーなどの食物繊維の多い食品、ヨーグルトや牛乳などの乳製品です。(※3)
これらの食品は、甲状腺ホルモンの薬の吸収を妨げる可能性があるため、薬と同時に与えない方がよいですが、内服や食事のタイミングについては獣医師に相談するようにしてください。
また、高脂血症が見られる場合には、特に脂質の多い食品を与えないように注意しましょう。
犬が食べてはいけないものについては、以下の記事をご覧ください。
犬が食べてはいけないものを解説!36種類の症状や対処法、加熱調理が必要な食材も紹介
まとめ
甲状腺機能低下症は、中高齢の犬で見られることが多いため、愛犬が年のせいで運動を嫌がり太ってきたと勘違いしてしまう飼い主さんもいるかもしれません。
初期症状は分かりづらい場合もありますが、少しずつ進行していく病気なので、犬の顔つきや様子に変化が感じられたら、加齢によるものと決めつけず早期に動物病院を受診することが大切です。
また、甲状腺機能低下症と診断された場合でも、甲状腺ホルモン製剤の適切な内服治療と定期的なモニタリングにより、良好な予後が期待できるため、自己判断で休薬せず獣医師の指示に従い治療を継続していきましょう。
【参考一覧】
※1:にしのみや動物病院
※2:アニコム「家庭どうぶつ白書2023」品種別の統計
※3:長崎甲状腺クリニまた、大阪)